介護施設に入所したら待遇が悪すぎてひどい!

両親健在ですが、今兄弟に無理矢理施設に入れられ施設暮らしをしています。

兄弟は夜の転倒リスクのため将来のためにと親を施設に入れましたが、親は施設には入りたがってませんでした。

入った後もずっと出たいと言ってるます。

部屋が狭いのがストレスで好きな物を食べれない自由がないという事です。

入ってから父親の認知症が急激に進み母は家事をしない生活をしたせいで歩行が悪くなり筋力が衰えました。

両親の入っている施設は老化防止の取組は全くしてません。

レクレーションもないし少し家事を手伝わす事もしないし、歩かせる事もしない。

介護も何もしません。

先日母が下痢をし立てなくなってました。

私が見に行く4日前から立てない状態になっていて父親がご飯を運び排泄介助もしていました。

私が行った時は部屋におしめや便や着替えたズボンが散乱していました。

クレームです。

それから施設の介護に疑問を持ち調べるようになりました。

サービス計画書をみつけましたが、やっていない身体介護を毎日やる計画になっておりやってない介護をやったとお金を請求していました。

兄弟が何も調べずただ近くに施設ができたと入れたのが問題だと思います。

親を施設に入れる場合は評判や本当に介護をしているのかしっかり調べて入れるべきだと思います。

今後特養に入れる事も検討しているのですが特養に入ってまともな介護が受けられるようになっても自由な生活はできない。

親が望む自由な生活は自宅でヘルパーを呼んで介護してもらう事だと思います。

夜中の転倒が不安だけどできる限り親の希望通りの生活をさせてあげたいので、また2人で暮らせる家を探したいと思います。

施設に入れるのは介護の負担が大き過ぎて自分の生活が脅かされた場合だけにしたいだ思います。

在宅介護支援センターにいって社会福祉士さんとしっかり相談して今後を考えています。

親の介護より自分の人生を優先したい。あとは社会福祉士に相談

親の介護より自分の人生を優先したい。あとは社会福祉士に相談

私は、親の介護は現時点ではマストだとは全く思いません。自分がしてあげたければすればいいし、したくなければ自分の人生を優先するべきです。

親は自分の老後を見てもらうために子供を産むべきではない、と、子供を産む選択が目前にある自分としては思います。

自分が選んで産む子供には、生まれ落ちてからは、出来ることはサポートして、自由に人生を羽ばたいてほしいと思うのかな思います。

親の介護は憂鬱でしかない。

自分が決めて産んでるのですから、それは自分の子供を大切に育て養うのが当たり前です。なぜなら産まれてくるのは子供の意思ではないからです。

ましてや小さい子供はまだ自分のことは何もできないので自分だけでは生きていくことはできないのですから。

子供に、産んでくださいとお願いされたわけではないのですから、介護してくださいなんて思われてもそれは、その気持ちに答えられない子供を責めたりする資格はどの親にもないと思います。

義理の親を介護するかどうかは、配偶者と義理の親の態度と対価で、それをする価値が感じられればする、と判断することがあってもいいと思います。もし、ゆくゆくの介護ための要員として結婚を申し込まれるのであれば、たまったものではありません。

親になった方は、子供が独立したら子供や孫にお金を必要以上に使うのはほどほどにして、自分の老後のために貯めて欲しいと思います。

必要以上の親切をされて、「あのとき色々してやったじゃないか」と言われてもそれは勝手に期待して勝手に働きかけただけです。

だったら親は自分で貯めたお金で、自分の好きな方法で介護されてほしいと思います。子供に頼らずに、自分のためにお金を使ってほしい。

「恩を返してほしい」というつもりで子供を産み育てるのは間違ってると私は思います。「恩は広めてね」と、自分の子供が、その子供や配偶者と幸せに過ごすために力を尽くすことを、世の中の親には願ってほしい。

それが嫌なら、子供が、自ら親を介護したくなるような風に育てればよいのではないかと思ってしまいます。

とはいえまったく無視はできないので、そのときは役所の福祉課にいって社会福祉士やソーシャルワーカーの人を頼ることにします。

親の介護は憂鬱でしかない。

子供のころから母親に「介護よろしくね」といわれて育ちました。私は結婚したら家から出たかったのですが、親が強引に私の結婚まで決めてしまい、私は家から出る必要もなくなり、介護要員確定です。

そんな母親は介護経験がありません。

社会福祉士と相談してショートステイに母をお願いすることに。

そして介護に関するテレビを見るたび、無責任に「介護って大変だねー。子供は自由がないねえ。でもよろしくね」と楽しそうに言ってくるのです。

母親自身は全く蓄えがない人なので、私は自分で働いて介護費用と生活費を捻出しなくてはなりませんが、母親は子供に高学歴はいらないという考えの人だったので、高卒以下でもできる仕事しか選択できず、結果として、高収入は望めません。

全て親の言うとおりに生きてきて、このさきは介護が待っているのかと思ったら憂鬱で仕方ありません。
せめて「なに不自由なく育った」というのなら納得もできます。

親孝行したいんです。介護は大変だけどね。

しかし幼少期はしつけという名の体罰で、常にお金もない日々でした。

私は何のために生まれてきたのかな、と思うことも少なくありません。

親の介護のためだけに生まれたのなら、そんな人生はいらないとも思います。
年々「その日」が来るのがとても怖くて介護問題について直視できません。
そろそろきちんと考えなくてはならないのですが「子供が面倒を見るものだから!」と、施設などの利用も考えていない母親に困っています。

少ない所得なのに介護が始まったら働くこともできないわけですし、どうしたらいいのか分からずにいます。

本当に憂鬱です。

地域包括支援センターにいけば社会福祉士の資格を持っている専門の人が相談に乗ってくれるらしいですが…どうなんでしょうかね。

実の母親と義母どちらの介護もしたい

親の介護はしたくない!なんでも頼るな!

正直言って、自分で両親の介護はしたくないと考えています。

子どもの頃から親が苦手で、早く大人になって一人で暮らしたいと考えていました。

他人からは、「素敵なお母さんですね」と言われるので、恐らく親ではなく親を受け入れられない私自身に原因があるのだろうなと思います。

父親の稼ぎだけでは生活がままならず、社会人になってからも3年間は我慢して実家に給料の7割のお金を入れ続けていたのですが、いざ3年経って実家を出ようとした時にひどく責められました。

両親は私の収入に執着していたのです。

はっきりと、両親とは血の繋がりがあっても所詮他人なんだと感じました。

あのとき無理やり実家をでなければ一生後悔していたと思います。

社会福祉士と相談してショートステイに母をお願いすることに。

今でも両親は、「さもどこにでもいる普通の良い両親」のような顔で私に接します。けれど私は彼らに苦手意識を持っているし、出来れば二度と一緒に暮らしたくないと思っています。

20代の貴重な3年間を捧げたのに、これから介護まで強要されてしまったら、私は彼らの自己満足と生活の為に生まれたことになってしまいます。

特には兄弟と違い私は大学にも行かず、資格も自分で働いたお金で取ったので、育てた恩ならあの3年間できっちり返した筈です。

もし介護施設に入るお金がないというのなら、義理としてそのお金を出すことはするでしょう。

ですが、彼らと共に住み、彼らにこれ以上時間を捧げることはしたくありません。

家族だからといって、なんでも頼っていいわけではないのです。

親の介護は憂鬱でしかない。

実の母親と義母どちらの介護もしたい

母親の介護について、将来的には兄弟が三人いることもありみんなで力を合わせてできればと考えております。

しかし、兄弟でも近くに住んでいる人や遠くに住んでいる人と差が出てしまって、近くにいる人が頼られがちになると感じております。

また、母親には日常生活に支障が出ないように日頃から運動など行うよう伝え、なるべく介護が必要にならない対策をすることが今できることかなとも感じています。

まだ介護には早いなと感じる年齢ではありますが将来のことを見据えて、私の妻などにも理解してもらえるように日頃から身内で集まったりしておくことも大切かなとも思っております。

姑の介護もまた、実母ではないという理由から介護をしないのではなく妻の身内にも協力できることはしていきたいと考えております。

介護は誰もがこれからは通る道だと思うので自分のことだけを考えるのではなく家族なんだという意識で取り組んでいく思いです。

また自分の子供にも介護される側になると思うので、介護している姿をしっかりと見せておくことが、子供達にお世話になるときにも理解してもらえるようになっていると思います。

父と母親がお互いを介護するというときも、また手伝えるときは手伝って老老介護になるべくならないように寄り添っていきたいです。

介護に関しては精神的にも辛いと思うので、コミュニケーションを大切にしながら気分をリフレッシュできる旅行なども取り入れて、ストレスのたまらないようにしていくことが一番大切かなと思います。

また必要に応じて社会福祉士(ケースワーカー)など専門家にも相談したいと思います。

親孝行したいんです。介護は大変だけどね。

父が脳出血で倒れたのは、私がまだ学生の頃でした。

運ばれた病院で三日間眠り続け目が覚めても家族すらわからない状態に家族で泣きました。

働き盛りの父が、まさか倒れるなんて想像した事もありませんでした。

私達はこれからどうなるんだろう?父はずっとこのままなのか?色々な事が次から次に頭をよぎります。

父は2ヶ月の入院中、必死で自分の記憶を呼び起こし、リハビリを続けました。

右半身の麻痺と失語症が少し残りましたが無事に退院し、会社の理解もあり少しずつ仕事に復帰も出来ました。

父が倒れた時、介護生活を覚悟した私は父の復活にホッと胸を撫で下ろしました。

しかしそんな父も70歳を超えた頃からつじつまの合わない事を言う事が増えています。

トイレが間に合わない事もしばしばです。掛かりつけの病院からは、脳の病気をした人は認知症になりやすいと言われました。

まだ認知症と診断された訳ではありませんが、覚悟はしているつもりです。

一生懸命、家族の為に頑張ってきた父。これからは恩返しの気持ちで精一杯介護していこう!

でも、今の父の姿を見ていると複雑な心境です。あんなに威厳のあった父が小さく見えます。

「認知症の親と向き合う」よくテレビで特集が組まれます。

穏やかに接していけるんだろうか?私に出来るのだろうか?考えてしまいます。

勿論心から感謝の気持ちはいつもあります。でも綺麗事じゃない毎日の生活を私はどう過ごしどう考えるんだろう?

父がこの世を去る時、幸せだった!と思ってくれるように焦らず怒らず気張らず自分なりにやっていくしかないですね。

幸い、介護保険にもはいっていますし、お医者さんにもしっかりみせてあげたいです。

実の母親と義母どちらの介護もしたい

社会福祉士と相談してショートステイに母をお願いすることに。

現在私の母は介護2で月のうち半分ほどをショートスティに通っています。

体がすごく不自由で本当は一人暮らしなんてもう出来ないレベルなのですが私含めて兄弟は住宅事情はじめ色んな理由で同居出来るような状況ではありません。

母も年金が少なく老人施設に入所させてあげたくても出来ない状況です。

なので介護保険内でショートスティやヘルパーさんにきてもらってなんとか毎日を過ごしています

私の母はじめ周りの人たちのお話を聞いていて、介護問題は90%ほどはお金があれば解決出来るなと感じています

けれど母みたいに年金が少なく貯金もあまりない高齢者は多分たくさんいらっしゃると思いますが、そうなると困ってくるのが本人もそうですがサポートしていかなくてはいけない家族たちです。

母の今の状態が続く限りショートスティとヘルパーさんに来ていただく方法を取り、介護3以上になったら特養を申し込む予定です。

医療の発達で寿命が伸びるのは良いことなのかもしれませんが家族がサポートしていかないと生活が出来ない高齢者は家族の負担が大きく大変です。

それにこちらも年を取っていきます。親の介護は先が見えないし、決して楽になってはいきません。

逆に大変になっていくだけです。

介護の認定度が高いほど広くサービスは受けられますがそれだけお金もかかります。そ

れでも私なりに私の出来ることを無理せずに色んな公的サービスを駆使しながら、社会福祉士さんやケアマネさんや兄弟と相談しあったり話し合ったりして母をサポートしていくつもりです。

家族の仲が良くない、複雑な気持ちの介護を社会福祉士のサポートで乗り切りたい

父の介護についてです。父は透析もしていたりして、最終的には目の手術などもするようになりました。

色々自分なりにしていたつもりではありましたが、父と私はなんとなく相性といいましょうか、成人になるにつれてより話をしないようになりました。
家を出てしまったこともありますが、親身になってやっていたとは自分なりに言えないと思います。

しかし終末期になり、足腰が不自由になってしまった姿を見ると、もう少し自分はやってやるべきだったと後悔しています。

介護をするうえで、家族の中でもあまり仲が良くないという事はあるのではないでしょうか。

まして血縁がない人はそうなる可能性が高いとも言えます。なかなか難しいなと今振り返ると思います。

なので、他人・第3者の介護の専門家(社会福祉士)に相談できることは甘えたいと考えます。

実はそういう意味では次は母になるのですが、今は完全に疎遠になっています。

父以上に仲が悪くしかしながら肉親である以上やらなけばならない時がやってきます。

どうしたものかと思いますが、結論が出ないまま時が経過していく訳です。

そして年も取る。

これがいいという方法が無いというのもありますが、まず人間関係がどうしたいいのか?という所から介護が入らねばならない現状は、正直周りの介護より難しいように思います。

子供の面倒とかは色々ありますけど、今の時代親の面倒を見る状況になっていくんですね。

昔と違って、かえって長生きした事が、体に不自由をきたした時の影響がより強いのかもしれません。

前回の父を教訓にこれからどうしたらいいのか考える時がやってきました。

社会福祉士の受験資格を取得できる通信制大学の比較

自宅で死にたい。家族は大変だけど最後まで介護しなきゃ。

実家に同居している祖母は現在は自力で歩けるのですが、杖をつく、もしくは何かにつかまりながらヨタヨタ歩くといった状況です。

祖母の部屋からトイレまで少し距離があるので間に合わないことも多く、部屋にポータブルトイレを設置し自分で用を足しています。

どんなに年齢を重ねようと老いようとプライドはあるみたいで、オムツの着用は断固拒否しています。

健康な食事を心がけて長寿を目指す

今の所歩けるのでトイレなどの介助は必要ないのですが、いずれ歩けなくなった時に、それでもオムツを拒否されると抱きかかえてトイレに座らせたりする必要があるかと思います。

しかし大人を抱きかかえて運ぶというのは相当な力とコツが必要になってくると思います。

入浴なども介助をするとなると、相当な労力が必要だと思います。そうなった時に、自宅での介護を諦めて施設を頼るという選択肢も考えなければなりません。

施設を頼ると肉体的・精神的に楽になるのは当然ですが、心のどこかで「祖母が可哀想」という気持ちも出てきます。

保健医療の充実した介護施設に入所させてあげたい

病気をしていて入院しなければいけないのであれば仕方のないことですが、病気をしているわけでもないのに自宅以外の場所に預けられ、施設のスタッフに気を使いながら生活をしなければならないことを考えると、人生の最後は施設ではなく自宅で、とも思います。

特に私の祖母は内弁慶で、家族以外の人にはすごく気を使ってしまうのでなおさらです。

そう遠くない将来、施設か自宅かを選択しなければいけない日が訪れると思います。

その時に家族みんなが納得できるような選択をしたいなと考えています。

親の介護より自分の人生を優先したい。あとは社会福祉士に相談

親の介護、お金の面がイチバン心配。収入も貯金もない

近頃は、親の介護について、もう還暦を過ぎてきたのですごく身近に感じています。

ふとしたニュースを聞いているときや認知症や病気などを耳にした日は、少しづつ考えるようになりました。

将来的にもう遠くはなく、近い将来のことであって、突然その日がやってくるものだと認識をしたところです。

介護するためにあたり気付いたことは、まずお金がない預貯金がないということ。

これから、月々に少しでも預貯金を介護用の通帳を作り貯めなけらばと考えています。

次に、親を介護するために、「介護でお金が必要なときに生命保険でまかなえるプランがあるのか」どうかの確認をしなければならないと感じています。

生命保険で対応できるプランがあるならば、さっそくプランの検討からし始めたいと思っています。

そして、市役所や相談窓口や機関に相談ができる場所があるのか。

その場合の連絡先や病院など何も知らないため、調べておかなければならないと実感しています。

特に社会福祉士の方にはお世話になると思います。

先に前もって調べておいて、いざとういうときに準備をしておいても良いと思っているということについて、親が今現在の元気なうちに話し合っておきたいと考えています。

ただ、どのようなタイミングで切りだしていいか分からないのが現状です。

介護は家なのか老人ホームのようなところでするのかなど、具体的な話し合いが行える雰囲気を作っていかなければ難しいと感じています。

きっと親のほうも不安や心配があると思うし、子は子で同じ様に分からないことだらけで、ぶっつかりあってしまいそうで辛いなという気持ちも持っています。

介護についての話し合いで、一度に上手くいくとは限らないことも否めません。

話し合いをする前にいろいろと調べて、ある程度の内容を理解したうえで、親と話をしてみたいなと模索している今日この頃です。