兄弟で母の老後について話し合い。社会福祉士さんにも相談にのってもらった

3年ほど前、実家にいる兄と母の老々介護の厳しさを目の当たりにして、母親を施設に入居するように説得しました。

母は施設入居を頑なに拒んでいましたが、今では安心して暮らしているようです。施設では食事が毎日用意されています。

食べやすいように細かくされていて、栄養もバランスも考えられています。

夜は夜勤の人が見ていてくれて、夜に歩き回るのも止めてくれるのですごい助かっています。

昼にはレクレーションもあって楽しそうです。お友達もできたようです。

お誕生日の日には三味線を持った人が来て歌ったり踊ったりしてお祝いしてくれました。

実の母親と義母どちらの介護もしたい

母の生活の充実もそうですが、兄の生活にも変化があったようです。

兄も母に頼りきりな生活から一変人生初の一人暮らしを始めて、生き生きと過ごしています。

定年後に農業を始めたので、農業に精を出して、毎日母の施設に会いに行っているようです。

できた野菜を施設の方に差し入れなどして、兄のコミュニティーも広がったようです。

実家に行った時のトイレの垂れ流しなど、体調が悪いのに病院に行かせてもらえてもらえない状況、たまに顔を出したら転んでケガをしていたりと、今考えてら介護には不向きな環境だったと思います。

離れている子供に助けを求めることができないつらさもくみ取って子供の方から親に接していかないといけないと感じました。

施設が自宅に近くになってから毎週のように会いに行っています。

忙しいと理由をつけて、たまにしか実家に帰らなかったことを今では後悔しています。

親が大変な時に助けてあげられないのは辛いものです。

自分の親が老いていくのは認めたくないし見たくないので見ない振りしていましたが、自分の親が老後幸せそうに暮らしていることが私の幸せでもあると思うようになりました。

私は55歳、母93歳、兄63歳です。

親の介護より自分の人生を優先したい。あとは社会福祉士に相談

トイレの世話が大変。介護どうしたらいいの?

昨年までは、「親も元気だし、介護はまだまだ先のこと!」くらいに思っていたのですが…昨年の夏に母親が急遽入院することに。

幸いにも二週間程で退院できましたが、その時初めて親の介護について真剣に考えました。入院中は父ではなく娘の私が泊まり込みで付き添い、トイレの介助もしました。

その時は「後遺症や手足の痺れなどが残れば、これから一生介護をしなければならないかもしれない」と覚悟しました。

ただ、不思議と「私がする」と思えたのを覚えています。

私の父親は難聴。

働いてはいますが、コミュニケーションを取ることは年々難しくなっています。

4つ上の兄もいますが、実際に泊まり込みで母親の介助をしてみて、兄には無理だと思いました。兄が駄目な人間と言う訳ではありません。

兄は優しいですし、賢い人です。ただ、日常的な両親とのコミュニケーション量が、私の方が圧倒的に多かったと思います。

そのせいか、母親のトイレの介助なども、何も抵抗なく行うことが出来ました。男性には男性の優しさや気遣いがあります。

でも、このときばかりは女性なりの気遣いが必要な気がしました。結局後遺症も残らず、今では元気に過ごしている母。

でも、介護が必要になる日は必ずきます。

私は娘なので嫁に行くかもしれませんが、何かあったときのために、両親の近くに住み続けるつもりでいます。

「私がやらなければ」と言うより、自然と「私がやろう」と思えているのは、それだけ両親が愛情深く育ててくれたからかもしれません。